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生活・日常:共通テーマ昔の暮らし (147)

昔はこうだった、こんなことがあったという思い出話をお願いします。
  1. 2007/08/20(月)

http://memorizer.blog11.fc2.com/tb.php/230-6fe4ed8d
(※ご投稿は1テーマにつき1日2件、トータルで1日5件まで。
同一記事の複数テーマへのご投稿はご遠慮ください)

志村建世のブログ
桑の実を摘んでみた at 2011/06/04(土) 10:06:58
 久しぶりの晴れた朝、家の前の桑の木が実をつけています。この家を建てて26年になりますが、10年ほど前に電柱の移設をしてから生えてきました。側溝の蓋のわずかな隙間から生えて、数年前からこの大きさになっています。中野、高円寺間の中央線北側、このあたりは昔...

高橋さんの写真館
お家寄席93・青菜 at 2010/06/27(日) 05:14:47
さて、今日は「青菜」の一席です。有名な落語のひとつですね。付け焼刃(つけやきば)ははがれやすいとは、ごもっとも。仰せのとおりです。・・・ではこちらは、平成18年6月28日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~6月27日   青菜・・

高橋さんの写真館
お家寄席92・抜け雀 at 2010/06/06(日) 05:24:59
さて、今日は「抜け雀」の一席です。ただで何日も宿泊した謎の人物とは?・・・ではこちらは、平成18年6月6日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~6月6日   抜け雀 えー。今日び、動物保護ってのが増えてまいりまして、それはそれでよう...

高橋さんの写真館
お家寄席91・道具屋 at 2010/05/14(金) 10:52:42
さて、今日は「道具屋」の一席です。与太郎さんで有名な代表作ですね。・・・ではこちらは、平成18年5月14日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~5月14日   与太郎話の代表作えー、毎度ばかばかしいお笑いで一席、お付き合いをお願いし

高橋さんの写真館
お家寄席87・長屋の花見 at 2010/03/22(月) 02:24:49
さて、今日は「長屋の花見」の一席です。いやはや、お酒の振りして飲むお茶はまずいですな。・・・いやほんと。・・・ではこちらは、平成18年3月22日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~3月22日   長屋の花見お客さんの所は、もう桜は

高橋さんの写真館
お家寄席86・そば清 at 2010/03/18(木) 02:50:49
さて、今日は「そば清」の一席です。そば清にしろ、あたま山にしろ、時空を超えた作品も少々ありますね。うちは、学生のころから落語が好きだったので、随分と「酔狂だ」といわれてました。中でもこういうタイプの、不思議系おもしろ落語を好んでました。・・・ではこちら...

高橋さんの写真館
酒ブタ集め at 2010/01/28(木) 00:01:02
酒ブタ、子供の頃よく集めましたねえ。^±^・・・オナツカシヤ酒屋に行ってよく酒のふただけ取りに行ったものです。何をするのかと申しますと、勝負!です。^±^ノコレクションをしてたやつもいましたが、そんなの、集めたところで一銭の価値もないので、大体が取り合...

高橋さんの写真館
お家寄席77・かつぎや at 2010/01/07(木) 00:12:25
さて、今日は「かつぎや」の一席です。・・・ではこちらは、平成18年1月7日の作品です。1月もまだ松の内です。今回も、縁起のいい落語でお楽しみください。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~1月7日   「かつぎや」の落語を一席 えー、今回もまだ

高橋さんの写真館
お家寄席72・富久 at 2009/12/29(火) 01:03:48
さて、今日は「富久」の一席です。年末ジャンボ、これもひとつの年末の風物詩になってきつつありますね。・・・ではこちらは、平成17年12月29日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~12月29日   年末ジャンボの一席を・・・ 皆様、今年の...

高橋さんの写真館
お家寄席65・反対車 at 2009/11/23(月) 00:20:23
「高橋さんの写真館」名物になりました「お家寄席」・・・。さて、今日は「反対車」です。この落語の演じ方は、結構自由度が広いんで、それだけに生き生きと演じられるんですが、粗忽亭長兵衛流はどうでしょうか。・・・ではこちらは、平成17年11月23日の作品です。~~~...

高橋さんの写真館
お家寄席64・饅頭こわい新説編 at 2009/11/22(日) 22:02:09
さて、今日は「新饅頭こわい」の一席です。饅頭こわいをベースにしつつ、それより怖いものとは?・・・ではこちらは、平成17年11月22日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~11月22日   マンジュウより怖い落語って?えー、今日は落語を

高橋さんの写真館
お家寄席63・置き泥 at 2009/11/21(土) 01:49:54
さて、今日は「置き泥」の一席です。泥棒の上を行くずうずうしい男が主役なんですが。・・・ではこちらは、平成17年11月21日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~11月21日   「置き泥」の一席 えー、いつもお客さんのお顔を拝見しながら...

志村建世のブログ
一身にして三生 at 2009/10/22(木) 11:04:31
 昨日の朝日夕刊に、政治学者・篠原一氏の「一身にして三生をいきる」というコラムがありました。かつて福沢諭吉が「一身にして二生」と言ったそうです。江戸時代の学問は漢学ばかりだったが、文明開化の世に活躍できた。それは人生を2回経験したようなものだという...

高橋さんの写真館
お家寄席59・棒だら at 2009/09/29(火) 00:18:33
さて、今日は「棒だら」の一席です。・・・ではこちらは、平成17年9月29日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~9月29日   棒だら、てんやわんやの一席ですこんちまた、ばかばかしいお笑いですが、ばかばかしいお時間をお付き合いくださ

高橋さんの写真館
お家寄席57・小言念仏 at 2009/09/13(日) 00:34:46
ちょっと、「高橋さんの写真館」名物になりました「お家寄席」・・・。さて、今日は「小言念仏」の一席です。念仏を唱えるときは気が散るといけませんね。そんな、落語です。ごくごく短い一席です。・・・ではこちらは、平成17年9月13日の作品です。~~~~~~~~~~

高橋さんの写真館
お家寄席56・本膳 at 2009/09/12(土) 02:12:18
さて、今日は「本膳」の一席です。大家の冠婚葬祭では「本膳」なる行事があるんですが、このマナー・エチケットが難しい・・・。・・・ではこちらは、平成17年9月12日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~9月12日   「本膳」の一席を…

高橋さんの写真館
お家寄席53・死神 at 2009/08/18(火) 00:49:18
さて、今日は怪談噺、「死神」の一席です。銭がなくて路頭に迷ってるところを死神に助けられるんですが・・・さて・・・。途中ちょいと改ざんしましたが。・・・ではこちらは、平成17年8月18日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~8月18日 &n...

高橋さんの写真館
お家寄席52・王子の狐 at 2009/08/17(月) 17:27:02
さて、今日は「王子の狐」の一席です。久しぶりの落語・・・と銘打ってますが、実はこの間、数日分のネタを書き溜めてたのでした。この「王子の狐」、普通ならだますのが狐、だまされるのが人間・・・なんですが・・・。さてどんな結末になりますことやら。・・・それでは...

高橋さんの写真館
お家寄席48・悋気の火の玉・この回からリアルタイム at 2009/07/16(木) 00:23:40
今日から落語は、ほぼ「リアルタイム」でいきたいと思います。季節にあったお笑いがお楽しみいただけるかと思います。とはいえ、ちょうど4年前に作った作品ですがね。さて、今日は「悋気の火の玉」の一席です。悋気(りんき)とは、つまり、やきもちってことですが、これ...

高橋さんの写真館
お家寄席番外編・桜鯛と目黒のさんま。高価なものが逆転した魚 at 2009/06/23(火) 00:22:21
昔は鰯が安い魚の代名詞、鯛が高い魚の代名詞だったんですが、最近では様子が変わってきましたよね。落語でも長屋の人々が七輪で焼いてる様相のネタがありましたが、大概、鰯(いわし)や秋刀魚(さんま)だったのです。たとえば、「青菜」では、おかみさんが、「このどん...

高橋さんの写真館
お家寄席47・鋳掛屋 at 2009/06/04(木) 01:19:04
残しておきたい上方情緒・・・下座のお囃子寄席のぼり・・・。 ↑玉置宏さんか!今日は上方落語です。「鋳掛屋」の一席です。埼玉県川口市は鋳物の町、と紹介してますが、この落語自体は上方のものだったようです。ですから登場する鋳掛屋も子供も関西弁です。鋳掛屋・・...

高橋さんの写真館
お家寄席47・茶の湯・叶千家 at 2009/06/03(水) 00:50:21
さて、今日は「茶の湯・叶千家」の一席です。本来の落語の茶の湯・・・これとオチは違っています。途中までは一緒なんですがね。お楽しみに。ちなみに粗忽亭が考えました。・・・ではこちらは、平成17年7月8日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~...

高橋さんの写真館
お家寄席45・試し酒 at 2009/06/02(火) 00:42:56
さて、今日は「試し酒」です。お酒にまつわる、ものすごいスケールの大きいお噺でございます。どのくらい大きいかと申しますと・・・まあお楽しみに・・・。・・・ではこちらは、平成17年7月2日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~7月2日 &n...

高橋さんの写真館
お家寄席44・動物園 at 2009/05/27(水) 01:16:09
さて、今日は「動物園」です。雇われ動物園で、動物のキグルミを着てみたものの、その先は・・・。・・・ではこちらは、平成17年6月29日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~6月29日   「動物園」の一席をえー、久しぶりの一席でござん

志村建世のブログ
昔ここは桑畑だった at 2009/05/26(火) 14:12:16
 家の前のわずかな敷石のすき間から、桑の木が生えてきた。生えたのは昨年よりも前で、冬の間は葉が落ちて棒のようになるから、あまり目立たない。しかしこの陽気で青々と茂り、去年よりもまた一段と大きくなってきた。  ここにビルを建ててから、もう24年もたって...

高橋さんの写真館
お家寄席42・抜け裏 at 2009/05/13(水) 00:24:05
さて、今日は「抜け裏」です。路地裏を勝手に使われて困ってる大家に、店子が集まるといい知恵が浮かびますが、さて・・・。平成17年6月22日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~6月22日?? 「抜け裏」の抜けた一席を… 毎度ばかばかしいお笑いでご...

高橋さんの写真館
お家寄席40・干物箱 at 2009/05/12(火) 00:33:25
さて、今日は遊び人の若旦那が主役です。留守番は他人に任せて自分はさっさと遊郭に遊びに行く、そんな若旦那も粋といわれてた時代がありました。 ・・・ではこちらは、平成17年6月18日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?6月18日?? 「干物箱」...

高橋さんの写真館
お家寄席41・提灯屋 at 2009/05/12(火) 00:31:34
さて、今日は「提灯屋」ですが、こちらはサゲが難しいです。考えオチというほどではないんですが、説明しなければならない、説明オチになってしまうからです。 ・・・ではこちらは、平成17年6月19日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?6月19日?...

高橋さんの写真館
お家寄席39・おかふい at 2009/04/23(木) 00:21:13
さて、今日はこちらもあまり演じる方がいらっしゃらなかったようで、後半は言葉よりもそれ以上に演技力が肝(キモ)になる落語です。難しい落語のうえに現代では差別的などとクレームがつきそうで、ますます演じにくい落語になったようです。まあ、皆様も、くれぐれも遊び...

高橋さんの写真館
お家寄席38・坊主の遊び at 2009/04/22(水) 02:09:14
さて、今日は珍しい一席です。花魁(おいらん)と坊主の組み合わせで、バチが当たりそうっていうのに加えて相性があわないんでしっくりいかない、下品、といういろいろな要素があって、あまり高座で演じられる方がいなかったんでしょうか? ・・・ではこちらは、平成17年...

高橋さんの写真館
お家寄席37・長者番付 at 2009/04/21(火) 01:35:53
さて、今日は「長者番付」です。江戸っ子は宵越しの銭は持たねぇ・・・このフレーズを実行すべく二人の男が旅に出てんですが、そこで起こった事件とは? ・・・ではこちらは、平成17年6月12日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?6月12日?? 「長...

高橋さんの写真館
お家寄席31・金明竹 at 2009/03/13(金) 00:23:17
さて、今日は「金明竹」です。 ・・・ではこちらは、平成17年6月3日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~6月3日?? 金明竹…よたろうさん、久々の登場です。相変わらずのばかばかしいお笑いでございます。今はもう、関東の方が関西の方の言

高橋さんの写真館
続・鉄道たんとマップINDEX at 2009/03/11(水) 00:48:19
続・鉄道たんとマップのINDEXはこちらです。辛抱たまらん!^±^ノてなわけで、「鉄道たんとマップ」と同様に、こちらも「過去ログ」扱いにし、一挙公開とさせていただきました。こちらでは、昭和5年と32年の地図を縮小版として載せてます。一度地図をクリックし、別枠

高橋さんの写真館
お家寄席29・彦市(創作落語) at 2009/03/11(水) 00:43:44
さて、今日は「彦市」という一席でご機嫌をお伺いしましょう。彦市、誰も知っている「とんち彦市」という落語なんですが、誰もネタにしませんで、では、と名乗りを上げたのが粗忽亭長兵衛です。この中で、「蓑にタコ」ですとか、「ジーコジャパン」などの小ネタを入れてま...

高橋さんの写真館
お家寄席28・石返し at 2009/02/28(土) 00:08:00
さて、今日は短い一席で「石返し」。こちらは演じる方も少ない一席です。どうしてかと申しますと・・・まあご覧ください。・・・では、平成17年5月29日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?こちら、たまに寄席をやっておりやすばかばかしい...

高橋さんの写真館
お家寄席27・ねぎまの殿様 at 2009/02/27(金) 01:02:28
さて、今日は「ねぎまの殿様」という一席なんですが、超大作になっております。上野広小路でふと殿様の目に止まった居酒屋で・・・。で、こちらのネタもネギ間のような仕掛けが・・・。それは聴いて、いや、読んでからのお楽しみに。・・・それでは、平成17年5月26日の作

高橋さんの写真館
1967年時刻表・その8 at 2009/01/26(月) 00:48:42
三重県には伊勢神宮などに修学旅行で行くケースが多く、1967年時刻表では、貨物列車のほかにも「団体列車」なる「専用列車」が走ってました。伊勢では「二見浦」駅まで、「南紀観光号」が走ってたんですね。鳥羽まで行けばいいのに。^±^たった2駅なのに・・・x±xま...

高橋さんの写真館
お家寄席23・手紙無筆 at 2009/01/18(日) 00:21:56
さて、今日は「手紙無筆」の一席です。現在では信じられないでしょうけど、異邦人(いほうじん)でもないのに、国語が読み書きできないっていうのは、ざらだったそうです。もっとも、きょうびの異邦人の方々は我々より勉強している傾向にありますが。とにかく昔の方、丁稚...

高橋さんの写真館
調子こいて自動車教則本2 at 2009/01/09(金) 00:19:53
目指しております、日本一くだらないブログ。^±^調子こいて自動車教則本シリーズ~!^±^ノ△~☆PANG! パフパフパフパフ誰もしないリクエストにお答えして、強引に教則本です。でもこれで最終回なんですね。^±^もうシッコミどころがなくって・・・x±...

高橋さんの写真館
自動車教則本発見!(゜∀゜)ノ at 2009/01/08(木) 00:32:24
自動車教則本が発見されました。(゜∀゜)ノこっ、ぱずかしや~(゚Д゚)ノてか・・・懐かしい~^±^これこれ~。このショッキングピンクの本。^±^けばけばしい表紙の色がいいね~。(どこがっ!)早速開いてみます。^±^コラム・シフト?運転したことないゾ~。x±...

高橋さんの写真館
お家寄席22・碁泥 at 2008/12/31(水) 00:06:31
さて、今日は碁泥です。碁・将棋は夢中になると周りが見えなくなるようで、そこまで没頭される方がいたりいなかったり・・・。それでは早速どうぞ。平成17年5月20日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~5月20日?? 碁・将棋に凝るってぇっと

高橋さんの写真館
お家寄席21・しの字嫌い at 2008/12/30(火) 01:48:36
さて、今日は「しの字嫌い」です。実際、私生活で「し」の字を抜くと大変なことになります。…「しせいかつ」さえもいえないわけですからね。頭は切れるが口に毒のある清三と旦那とのやり取りが見ものです。・・・ではこちらは、平成17年5月18日の作品です。~~~~~~

高橋さんの写真館
お家寄席20・平林 at 2008/12/10(水) 00:19:08
さて、今日は短い一席で、「平林」です。無筆なつかいっぱしりの子供が手紙片手に右往左往・・・。どうなりますことやら。・・・ではこちらは、平成17年5月16日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~5月16日?? たいらばやしか、ひらりんか?

高橋さんの写真館
お家寄席19・鰻のたいこ at 2008/12/10(水) 00:18:02
さて、今日は鰻のたいこです。二流の幇間(ほうかん)、たいこもちが何とか鰻を五知になろうと仕組んだものの・・・さてどうなりますか。・・・では早速どうぞ。平成17年5月15日の作品です。一部、一八の台詞を最新のものに改めました。^±^ノ~~~~~~~~~~~~

高橋さんの写真館
お家寄席18・鍋草履 at 2008/12/03(水) 06:11:56
さて、今日は「鍋草履」という珍しい落語です。あまり演じられることはありませんが、味わいのある、とぼけた落語でございます。短い一席ではございますが、トクとごらん下され・・・。・・・それではこちらは、平成17年5月14日の作品です。~~~~~~~~~~~~~~

高橋さんの写真館
蓋し名言・・・お家寄席番外編 at 2008/12/01(月) 00:03:58
落語家。5代目古今亭志ん生師匠のことば。「貧乏はするものじゃありません・・・味わうものですな」蓋し名言(けだしめいげん)です。^±^貧乏ならではの言葉でござゐやす。志ん生師匠にはいろいろなエピソードがあります。酔っ払って高座で寝てしまいまして・・・。マ...

高橋さんの写真館
お家寄席12・あなごでからぬけ at 2008/10/25(土) 00:23:16
さて、今日は「あなごでからぬけ」という短い作品です。与太郎さんが初出演ですが、このおとぼけで天然の男が落語ではどんな活躍を見せますか・・・。まあ、最後のどんでん返しは、思った以上のものがありますんで。・・・ではこちらは、平成17年5月8日の作品です。 ~~...

高橋さんの写真館
お家寄席10・万金丹 at 2008/10/11(土) 00:52:27
さて、今日は「万金丹」といいます薬のネタでご機嫌を伺いましょう。 ・・・ではこちらは、平成17年5月4日の作品です。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?こちら、たまに寄席をやっておりやすばかばかしい一席でお楽しみください 落語「お家寄席...

高橋さんの写真館
滝の城址を訪ねる・・・4。ここの植物を探る at 2008/10/10(金) 04:35:26
さて、滝の城址の植物です。^±^ありふれた植物だけでしたが・・・。x±xでは早速探ってみましょう。^±^ノノハラアザミ。キク科。アザミ属。ミズヒキ。タデ科。ミズヒキ属。ヌスビトハギ。マメ科。ヌスビトハギ属です。ここまで、府中の浅間山の植物とだいぶダブり...

高橋さんの写真館
滝の城址を訪ねる・・・3 at 2008/10/09(木) 00:18:58
この城山神社周辺には小さな神社や不動尊もありました。まず、稲荷神社ですか。名もないところなのに、口をゆすぐ場所もあります。祠があります。^±^これがなかなかどうして、いい仕事をしてます。^±^土台のつくりからこまごまとしたつくりも手抜きなく、立派です。...

高橋さんの写真館
滝の城址を訪ねる・・・2 at 2008/10/08(水) 00:31:31
さて、今日はいよいよ滝の城址の中心に。住宅地を歩くとその突っ切ったところに、このような標識が。本丸跡まで140メートル。付近は「三の丸跡」あたりですね。^±^こんもりとしてます。ここが栄えてたころは攻め入る隙がなかったのでしょうね。途中、中に抜けられる道

高橋さんの写真館
滝の城址を訪ねる・・・1 at 2008/10/07(火) 00:02:13
こんばんみー。^±^ノ地元ネタシリーズ「滝の城址」ですが、今回はちょっと突っ込みどころ満載でしたので、数回に分けますね。まずは、滝の城址のパンフレットをご覧ください。(1)全体地図です。ちょっと見えにくいので、詳細図も添えますね。(2)城周辺です。結構...

世界でいちばん深い海にはまだ誰も潜ったことがない
牛乳のんでギュー at 2008/09/19(金) 18:13:33
NOVAのレッスンで、未来形を使う練習をした時のこと。 「これから(ずっと)どうする」というのを、それぞれの生徒が言った。 「禁煙する」とか、そんな決意や目標的な感じで、皆答えている。 私はこう言った。

高橋さんの写真館
お家寄席9・合羽将棋 at 2008/08/29(金) 00:49:30
さて、今日は「合羽将棋」という作品です。こちらは「笠碁」という古典落語があるんですが、これを将棋に見立てただけの噺となっております。ですから内容は「笠碁」とほぼ同じですね。また、画像は7手詰めの創作詰め将棋になってますので、お楽しみください。^±^ノさ...

高橋さんの写真館
お家寄席8・草麻雀 at 2008/08/28(木) 00:30:18
さて、今日は「草麻雀」といいます、粗忽亭長兵衛の創作落語です。現代らしく、麻雀をモチーフにして作っておりますが、その麻雀さえも、最近やられる方が少なくなりました。 ・・・では早速・・・こちらは、平成17年4月28日、みどりの日の前日ということで、ゴールデン

梟通信~ホンの戯言
もしもブログがあったなら 母のタイプ通信 at 2008/08/19(火) 22:57:31
亡き母は勤めていた会社が就業規則を突然改悪して(まるで第二組合に入らない母を狙い打ちにしたような規則改悪だった)女性の定年を男性(55歳)より短くしよう(50歳)としたのに抵抗して戦い(戦わなければ生きていけなかった)、結局母だけ既得権として55歳まで...

梟通信~ホンの戯言
な~つがく~れば思い出す at 2008/07/23(水) 22:50:25
昨日の記事のなかで植木屋が旦那夫妻のやりとりに感心して憧れることを書いた。 広い庭、涼しい風、気持ちの良い座敷、うまい柳影(酒の一種)、氷の上に乗って供された鯉の洗い、それらもみんな植木屋にはないものだ。 そして何よりも当意即妙の夫婦の会話、隠し言

高橋さんの写真館
お家寄席7・権助提灯 at 2008/07/21(月) 01:14:51
さて、今日は権助提灯でございます。マクラで、「権助三部作」と粗忽亭長兵衛が言っているのも強ち間違いではなく、このほかにもいろいろな「権助噺」が落語にはあるんですが、代表といえば、この三作ですね。・・・ではこちらは平成17年4月24日のものです。「権助提灯」

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お家寄席6・道灌 at 2008/07/21(月) 01:13:44
残しておきたい江戸情緒・・・下座のお囃子寄席のぼり・・・。  ↑玉置宏さんか! ・・・ではこちらは、平成17年4月20日の作品です。どうぞ~。^±^ノ~~~~~~~~~~~~~~~~~~4月20日?? 「山吹の花」で一席 えー、本日はお日柄もよく、…生憎の雨でがす...

高橋さんの写真館
お家寄席5・だくだく at 2008/07/21(月) 01:11:30
残しておきたい江戸情緒・・・下座のお囃子寄席のぼり・・・。  ↑玉置宏さんか! 今日は泥棒ネタで、ご機嫌をお伺いいたします。まずはじめに、こちらの落語の頭で、1日で更新してすみません・・・とありますが、前回の蛙茶番からすぐに更新してしまったんですね。こ

高橋さんの写真館
お家寄席4・蛙茶番 at 2008/07/21(月) 01:08:22
残しておきたい江戸情緒・・・下座のお囃子寄席のぼり・・・。  ↑玉置宏さんか!今日は「蛙茶番」でご機嫌をお伺いいたします。まあ、品のない落語、と軽蔑されそうですが、実際、この落語がありまして、禁止演目にされたこともあったそうです。さてこのお下劣な落語の...

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お家寄席3・花見の仇討ち at 2008/07/19(土) 01:17:00
残しておきたい江戸情緒・・・下座のお囃子寄席のぼり・・・。 ↑玉置宏さんか!マクラでは、やはりアジア最終予選前半戦が終わったところだったんですね。で、桜が周りで満開なので、このネタを入れたわけでございます。・・・では3年半前、平成17年4月4日です。ハヨハ

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お家寄席2・花見酒 at 2008/07/17(木) 01:17:33
残しておきたい江戸情緒・・・下座のお囃子寄席のぼり・・・。 ↑玉置宏さんか!今回は「花見酒」の一席です。金曜日のサッカーはワールドカップドイツ大会、アジア最終予選を受けてのものでしょう。でもまだ最初の頃ですので、粗忽亭長兵衛は下座を降りるとき、絵文字の...

高橋さんの写真館
お家寄席1・こぶ平さん襲名 at 2008/07/17(木) 01:15:25
こちら、高橋さんの持家」時代の落語ネタでございます。大体が、元の落語にぉぃらが作った、つまらねぇ、下手な小ネタでアレンジしたんですが、今後、ネタ詰まりがおきた時に載せますので、かなり「季節外れ」ではございますが、お許しを。当時はお家寄席という名で演じさ...

志村建世のブログ
笹の葉さらさら at 2008/07/07(月) 19:21:30
今夜は七夕でした。曇り空に日が傾いて、太陽の在り処が、かすかに推定できます。やがて日没して今夜はライトダウンの試みもあるとかで、テレビも早く終了するということです。しかし星空は見えそうもないし、晴れていたとしても、今の東京の空に天の川が見える筈もあ...

梟通信~ホンの戯言
早飯早何とか at 2008/06/24(火) 00:43:45
早食いだ。 コーヒーサービスつきランチなど、メインの料理を食べ終わるのが早すぎてコーヒーが間に合わないことがしょっちゅう(サービスがあることを忘れているせいでもある)。 もういいよ、と勘定をすます。 今日は間に合ったぜ。 学生時代に家庭教師で「食

志村建世のブログ
危機に強かった女系家族 at 2008/06/05(木) 18:14:18
(本日は志村ひさ江の記事です) 入院中は、多くの方々に何かとご心配をいただき、ありがとうございました。5月7日から具合が悪くなり、翌日かかりつけの外科胃腸科病院で受診して、即入院となりました。院長先生のご子息が、警察病院外科の勤務医を兼ねておられたの...

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沼津会のこと at 2008/05/17(土) 22:57:53
先週の土曜日に、滝野川国民学校の「沼津会」へ行ってきました。昭和19年の7月から20年の5月まで、1年近く生活を共にした集団疎開児童の同窓会です。昭和19年の時点での4年生と5年生約60名が参加しました。空襲はまだ始まっていませんでしたが、先行的なモデル校の...

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インフレの収束 at 2008/01/24(木) 17:05:44
人間たちの記録100  昭和24年版の「児童年鑑」は定価180円で発売された。当時としても高い値付けだったが、この定価は、2年後の昭和26年版まで守られている。頁数が400頁近くまで厚くなって戦前期と同等になり、付録として大判の世界地図・日本地図を折り畳んでつ...

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昭和24年版「児童年鑑」 at 2008/01/22(火) 18:03:28
人間たちの記録99  昭和23年の10月以降、私の日記は中断する。もう父親の検閲はなくなったし、義務で書くような日常の記録を続けるのは、つまらなくなったのだろう。この年の秋から年末は、非常に忙しかった筈だから、それも日記を休む口実になったのかもしれない...

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遅れて来た悪童時代 at 2008/01/22(火) 10:18:40
人間たちの記録98  尋常科(中学)3年の学校生活には、割合に思い出すことが多い。吉川英治の著作を夢中で読んだのが、この年だった。「宮本武蔵」から始まって「三国志」「太閤記」へと続いた。「太閤記」は刊行が続いていて、続刊が出るのを待ちかねて買った記...

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焼けビルの住人 at 2008/01/18(金) 16:33:54
人間たちの記録97  昭和23年(1948)4月末に尋常科(中学)3年の1学期が始まったが、教科書は1冊も来ていないと、日記には心細いことが書いてある。武蔵の先生は個性的な人が多くて、あまり教科書には頼らない授業が多かったのだと思う。新制中学の教科書は、使...

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続くインフレと凶悪事件 at 2008/01/17(木) 16:05:55
人間たちの記録96  昭和23年の正月も、私にとっては楽しいものではなかった。父も兄も体調を崩していたし、仕事の忙しさは相変らずだった。正月の2日から、たまっていた注文の発送荷造りで、夜の11時まで働いたと日記でぼやいている。それでも4日には父と姉と3...

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値上げ3.5倍の時代 at 2008/01/13(日) 16:14:14
人間たちの記録95  昭和22年後半の私の日記から読み取れるのは、学校の先生の休講が非常に多かったこと、それに悪乗りして生徒が早帰りのために合併授業などを要求していることである。休講で待ち時間が発生する場合、甲乙組の授業を合併教室で行えば、生徒は早帰...

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家業の繁盛と関東大水害 at 2008/01/10(木) 16:07:02
人間たちの記録94  昭和22年春には学制改革が施行されて、中学の3年間が義務制となり、旧制の高等学校は廃止されることが決まった。武蔵高校は高校と大学に再編されるとかで、尋常科生の新規募集をしなくなった。だから落第は不可能になると言われた。この年、高...

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立春に卵が立つ話 at 2008/01/05(土) 21:44:47
人間たちの記録93  ゼネスト中止直後の2月2日に、兄が通う一高の記念祭を見に、父も交えた一家で駒場のキャンパスへ行った。寮内の展示を見て回ったのだが、とぼけた面白いものや難しそうなものなど雑多な中で、政治的なスローガンも目についた。「忘れるな、マッ...

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不逞の輩と2・1ゼネスト at 2008/01/04(金) 21:59:33
人間たちの記録92  昭和22年(1947)の年頭に、吉田茂首相はラジオ放送で、一部の労働組合指導者を「不逞の輩(やから)」と呼んで非難した。前年秋から年末にかけての労働攻勢は激しいものがあり、労働組合が職場の支配権を握ってしまう「労務管理」や、共産党の...

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昭和22年の正月 at 2007/12/27(木) 15:39:29
人間たちの記録91  私にとっての昭和22年の正月は、あまり楽しいものではなかった。母と、同居していた叔父とが風邪の発熱で寝込んでいる中で、いつもの炬燵で雑煮を食べた。暖房は、当時の常識だが、部屋を暖めるという発想はなくて、炬燵と手あぶりの火鉢だけだ...

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電産ストとインフレ激化 at 2007/12/25(火) 11:19:01
人間たちの記録90  昭和21年(1946)というのは日本の労働運動にとっても重要な年で、多くの有力な組合が、この年を発祥の元年としている。私は後に労働運動の歴史を体系的に扱うようになるのだが、当時の日常から労働組合の動きを辿ってみよう。  11月26日の日...

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昭和21年秋の東京 at 2007/12/23(日) 14:56:24
人間たちの記録89  昭和21年の夏が過ぎると、終戦から満1年を経過したわけだが、復興とはほど遠い状況だった。経済安定本部や物価庁が設置され、農地改革が行われ、新憲法の審議と制定が進められてはいたが、経済が立ち直る基盤は何もなかった。賠償として価値の...

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インターハイの蹴球 at 2007/12/17(月) 21:12:53
人間たちの記録88  日記によると長い夏休みの間にも、8月の後半には「講習会」という名で、希望者に対する教育が行われたようだ。ただし自分を含めて、あまり熱心に勉強した様子ではない。8月30日の最終日の幾何の時間には、そこそこの人数は登校していた筈なのに...

梟通信~ホンの戯言
温暖化は困るけれど温かさは欲しいね 久しぶりの江戸川橋・地蔵通り at 2007/12/10(月) 20:52:28
土曜日に書いたように久しぶりに上野駅の地平ホームから電車に乗って嬉しかった。 鉄道ブームなんてのもこういう気持ちが根っこにあるのかもしれない。 つまり、スピードとか機能ばかりではなくゆとりというか直の肌触りを喜ぶような気持ち。 そういうものが確かにあっ...

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DDTと家業の再開 at 2007/12/09(日) 16:28:12
人間たちの記録87  昭和21年の夏休みは、7月1日から9月15日までという長いものになった。学校としても前例のない長さだそうで、別に説明はなかったが、学校側もいろいろな面で疲弊していたのではないだろうか。新円切り替えによる経済の停滞は復興の妨げになるとい...

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食糧難つづく at 2007/12/03(月) 14:38:50
人間たちの記録86  食糧休暇は状況により延長も予定されていたのだが、明けた月曜日から授業は再開になった。その代わりの対策として、学校では取って置きの米を使って握り飯を作り、昼飯として1週間だけ配布することになった。寮生と、本当に困っている者だけと...

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昭和21年戦後の旅(4) at 2007/11/29(木) 12:01:26
人間たちの記録85  歩いた疲れでぐっすり眠った翌朝、目をさますと川の音がするので、ああ山の温泉に来ているのだと気がついた。朝6時という、自宅では考えられないような早朝に起きて、すぐ入浴に行った。谷の底だから、まだ山には日が当らないが、空は真っ青に...

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昭和21年戦後の旅(3) at 2007/11/27(火) 21:21:15
人間たちの記録84  山の家に着いた夜は、疲れていたのでよく眠れた。花咲の集落は「鼻先」とも言われるほどで、山の頂上に近い南斜面にある。インカの遺跡として有名なマチュピチュにも似た立地で、朝の日当たりはよかった。なぜ川沿いでなく山の上に住むようにな...

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昭和21年戦後の旅(2) at 2007/11/26(月) 13:19:55
人間たちの記録83  幸いにしてトラックは思ったよりも早くつかまえられた。いっしょに歩いていた地元の人らしいおばさんが手をあげて車を止め、しばらく運転手と話していたが、振り向いて「乗りましょう」と言ってくれた。トラックの荷台は案外高くて、先に荷物を...

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昭和21年戦後の旅(1) at 2007/11/24(土) 16:45:52
人間たちの記録82  千葉へ食糧担ぎに行った翌日の6月5日から、私は父と二人で静岡へ出かけた。朝7時発の列車に乗るのに、駒込駅4時27分の始発に乗っている。東京駅のホームにはすでに列車が着いていて、さすがに時間が早いから自由に席を選べた。海側の、窓ガラス...

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買出し列車は命綱 at 2007/11/22(木) 21:29:18
人間たちの記録81  日記によると、この5月31日と6月4日に、私は母に連れられて千葉の田舎へ食糧を貰いに行っている。その少し前には兄も動員されて行っているから、この時期、母の実家がわが家の重要な食糧供給源だったことがわかる。当時の買出し旅行がどのような...

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食糧メーデーと食糧休暇 at 2007/11/19(月) 16:17:32
人間たちの記録80  昭和26年(1946)5月1日には、戦後初の「復活メーデー」が行われ、東京では宮城(皇居)前広場が会場になった。当時のニュース映画によると、共産党の徳田球一が大拍手のうちにアジ演説をして、プラカードには「働けるだけ食わせろ」などのスロ...

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大人の学校の入学式 at 2007/11/17(土) 13:55:55
人間たちの記録79  もう日本から消えてしまったが、旧制の7年制高等学校というのは、少年にとってオアシスのような恵まれた環境だったのだろうと思う。高等学校自体が特権的な学制で、エリートになることを約束された青年たちの楽園だった。当時は大学に入るため...

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英語と漢文の特訓 at 2007/11/15(木) 14:28:02
人間たちの記録78  武蔵高校尋常科への進学が決まった前後の春休みに、私は兄から英語と漢文の特訓を受けた。おそらく1ヶ月にも満たないぐらいの短い間だったろうが、この特訓は私のその後の勉強を方向づけるほどの強い影響を残した。兄は四中から一高へという当...

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飯炊き担当と食糧事情 at 2007/11/13(火) 16:21:04
人間たちの記録77  国民学校卒業から受験、入学の前後に、私が一貫して担当していた家事は、かまどで飯を炊くことだった。まだ都市ガスは出ないから、台所の外に物置とつながる屋根を渡し、そこに大型の陶製のかまどが据えてあって、そこで毎日薪で飯を炊いた。屋...

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入学試験と総選挙 at 2007/11/10(土) 17:52:28
人間たちの記録76  昭和21年の、旧制7年制高校としては最後になった武蔵高等学校尋常科の筆記試験は4月1日に行われた。算数、国語の試験問題は基礎的なものが多くて、事前の勉強はほとんど役に立たなかったと日記に書いてある。理科としては、校庭に咲いている丁...

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中学受験と卒業式 at 2007/11/07(水) 16:23:28
人間たちの記録75  年明けごろから、中学への進学をどうするかは、私たちの大きな関心事ではあった。自宅から歩いて通える距離に都立五中(現・都立小石川高)があったから、滝野川小からは伝統的に第一目標の中学校だった。しかし付近は空襲で焼けていたので様子...

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新鮮だった共産党 at 2007/11/06(火) 11:18:22
人間たちの記録74  これも日記帳にはほとんど登場しないのだが、当時の政治情勢も独特のものがあった。この年1月12日に中国の延安から帰国した野坂参三は、凱旋将軍のような大人気で迎えられ、日比谷公園で大規模な歓迎大会が開かれるほどだった。そこで発表された...

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預金封鎖と新円の発行 at 2007/11/04(日) 16:24:28
人間たちの記録73  年表によると、悪性インフレに対処するための預貯金封鎖と新円の発行は昭和21年(1946)2月17日に行われている。貯金が引き出せなくなり、すべての家庭が一世帯当り月額500円で暮らすことになったのだから、家族にとっても大事件だった筈だが、...

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インフレと民主主義 at 2007/10/31(水) 14:45:28
人間たちの記録71  昭和21年(1946)の正月に、兄と姉2人、それに私の4人で伝統の銀行遊びをして、60円分の私製紙幣を作り、15円ずつ分けた。家の中も悪性インフレになって、発行額を増やしたと日記に書いてある。私は額面が5銭、10銭、20銭、50銭、1円の宝くじ...

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昭和21年が明けた at 2007/10/29(月) 19:37:18
人間たちの記録70  この年から私の日記帳は、日付の決まった「当用日記」ではなくて、縦罫だけの入った自由式の日記になっている。全体に書く分量が増えて、文体も「です、ます」から「である、だ」に変っている。少し大人らしくなる自覚を持ったのだろう。ただし...

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変ったものと変らぬもの at 2007/10/27(土) 14:01:24
人間たちの記録69  引き続いて昭和21年以後のことを書く前に、敗戦を境にして日本の何が変り、何が変らなかったのかを、まとめて考えてみたい。日記を読み直して感じたのは、人間の生活習慣や感覚というものは、周囲の状況が変っても急には変らないということだっ...

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昭和20年の年末 at 2007/10/25(木) 13:19:13
人間たちの記録68  ほぼ日記の日付け順に昭和20年を振り返ってみたが、やはりこの年は特別な激動の年であったことを再確認した。単に戦争が終っただけでなく、国のありよう、社会の仕組み、国民の価値観までが、根本から変動した年だったのだ。日記には記載がなか...

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教科書に墨を塗る at 2007/10/23(火) 13:29:13
人間たちの記録67  11月から学校の授業は正常化した筈だが、日記によると先生の休みが多く、教科書も全部は揃っていなかったようだ。生徒の勉強の進度も、疎開中の環境によってばらばらだから、授業の進め方は難しかったろうと思う。しかし生徒の方には、遅れてい...

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闇市のはじまり at 2007/10/22(月) 15:53:54
人間たちの記録66  11月に入ると、町の様子がだんだん「戦後風景」になって行くのが日記から読み取れる。しかし学校の防空壕は、軍隊が作った本格的なものはそのまま残っていて、子供たちの格好な遊び場になっていたし、わが家の防空壕も埋め立てを始めたのは11月...

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餓死者を見た at 2007/10/20(土) 11:15:23
人間たちの記録65  昭和20年(1945)10月25日の私の日記を、全文そのまま引用する。  「学校から帰るときに、森君たちが『オーイ餓死者見に行かないか』といったので、みんなで見に行ったら、古川さん(北区西ヶ原の旧古河邸)の裏門に、ひょろひょろのおじいさ...

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アメリカ兵のジープにハロー at 2007/10/18(木) 16:48:06
人間たちの記録64  日記によると、敗戦後も学校の行事は従来通りに行われていた。たとえば9月23日は秋季皇霊祭(今は秋分の日)で、日曜日だったにもかかわらず、生徒の代表が先生に連れられて七社神社へ参拝に行っている。私はおできが痛くて座っていられないので...

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友達が帰ってきた at 2007/10/16(火) 17:13:39
人間たちの記録63  9月も下旬になると、個別の疎開から帰ってきて学校に復帰する友達が加速度的に増えてきた。そして10月になれば集団疎開の人たちも帰ってきて、授業も戦前と同じ午後までになるという発表があった。縁故疎開から帰った友達に聞くと、勉強の進み方...

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アメリカ兵を見た at 2007/10/15(月) 17:19:35
人間たちの記録62  私の家は幸いにして戦災を免れたのだが、疎開の中継地に予定して荷物を送っておいた静岡の親戚の家、つまり私の妻の家は焼けてしまって、子供たちは山奥の父の実家へ行き、祖父母と母親と乳児は焼け跡の仮小屋に住んでいた。そこで上京してきた...

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去る者と来る者 at 2007/10/14(日) 18:53:03
人間たちの記録61  年表によると、連合軍最高司令官マッカーサーは8月30日に厚木に到着し、9月15日から日比谷の第一生命ビルを総司令部(GHQ)として使用している。この頃から新聞には毎日のようにマッカーサーとGHQの字が大きく出るようになった。9月2日に...

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鬼畜米英という虚像 at 2007/10/12(金) 22:09:29
人間たちの記録60  日付を追って思い出す記録は中断するのだが、終戦を境にして起こったアメリカ軍に対するイメージの急変について考えてみたい。戦争中のアメリカは「鬼畜米英」であって、機会さえあれば日本人を殺したがっている残虐非道な民族ということになっ...

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相次ぐ復員 at 2007/10/10(水) 14:40:26
人間たちの記録59  8月31日になると、アメリカ軍の飛行機の飛び方は、整然としたパレードのようになってきた。B29の大群も、みごとな編隊を組み、次から次へと上空を通過した。小型機も、威嚇するような低空飛行ではなくて、高度をとって編隊飛行するようになり、...

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空から始まった占領 at 2007/10/09(火) 18:49:05
人間たちの記録58  昭和20年8月21日から、ラジオで天気予報が復活した。たぶん太平洋戦争の始まりとともに、新聞からもラジオからも、天気予報は消えてしまっていた。天気の予想は軍事情報ということだったのだろう。だから天気はすべて当日の空を見て判断するもの...

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戦後のはじまり at 2007/10/05(金) 13:05:36
人間たちの記録57  日記をよく読んだら、この夏は夏休みはなく、毎日学校へ行っていたことがわかった。空襲で授業時間数が不足するのを補うためだったと思われる。19日は日曜日で、隣の家に数日前から来ていた小さい子供たちと遊んだ。2年生の男の子を頭に、6歳...

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戦争モードの惰力 at 2007/10/04(木) 11:41:48
人間たちの記録56  昭和20年(1945)8月15日の終戦放送を境にして、世の中は正反対にひっくり返ったわけだが、私の日記帳は淡々と毎日の出来事を綴っている。誰かの随筆に「戦争に負けたのに、汽車がいつもの時間に走っているのを見て感動した」という経験が書いて...

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それぞれの玉音放送 at 2007/10/01(月) 15:06:50
人間たちの記録・55  昭和初期まで生まれの者が共有できる話題に、「8月15日の『玉音放送』を、どこでどのように聞いたか」というのがある。それを聞くと、その人の年齢も立場も、だいたいの見当がつくのだ。  国民学校3年生だった私の妻は、静岡と山梨県との県...

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玉音放送を聞く at 2007/09/29(土) 21:30:38
人間たちの記録54  昭和20年(1945)の8月12日は日曜日だった。この年の夏休みはどうだったかについては、記憶もなければ日記の記録もない。8月になっても壕作りに動員されているから、まとまった休みではなかったような気がする。12日も13日も、激しい空襲はなか...

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人間たちの記録・53 at 2007/09/27(木) 23:05:08
新型爆弾とソ連の参戦  8月7日の午後、久しぶりの大本営発表があった。昨日6日に少数のB29が広島に飛来して新型爆弾を投下し、そのために相当の損害を受けたというものだった。そのあと簡単な説明があって、この爆弾は落下傘がついていて空中で爆発し、大きな爆発...

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自動車との別れ at 2007/09/26(水) 16:26:49
私は昭和24年(1949)の12月24日に、高校1年の16歳で自動車の運転免許を取りました。当時は16歳から取れる小型4輪免許というのがあったのです。運転の実習をした教習所の車は木炭車で、エンジンのスタートは、クランク棒を使って手動で廻すのでした。教習ものんびり...

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人間たちの記録・52 at 2007/09/26(水) 14:04:10
黙々と壕を掘る  ポツダム宣言は隣組でも学校でも、決して話題にされることがなかった。もしもあのとき「それでいいから戦争をやめてくれ」という意見が国民の間から多数出たら、政府の対応は変ったかもしれない。情報を公開したのは、国民の反応を見ようという意...

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人間たちの記録・51 at 2007/09/25(火) 18:45:11
無視されたポツダム宣言  沖縄戦が終り、兄が入営してしまったあと、上の姉も第一高女を卒業して自由学園に入り、寮に入ることになった。自由学園は「婦人之友」を創刊した羽仁もと子が創立した学校で、キリスト教的「自主、自労(みずから働く)」の精神を尊ぶ教...

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人間たちの記録・50 at 2007/09/23(日) 11:29:23
沖縄戦の最期  戦前の少年にとって、沖縄はあまりなじみのある県ではなかった。もちろん「内地」の一部ではあるのだが、鹿児島と台湾の間にある小さな島というだけの知識だった。観光で有名ということもなく、物産も偉人も、沖縄から連想するものは何もなかった。...

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人間たちの記録・49 at 2007/09/21(金) 12:10:15
兄の出征  兄の入営日もだんだん迫ってきた。本人はじめ家族は、静かに送り出したい気分が強かった。学校の友人が送別会をするというのも、兄は強く希望して断ったということだった。家の中全体に、派手に送り出すような俗っぽいことはしたくないという気分があっ...

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人間たちの記録・48 at 2007/09/20(木) 10:56:53
空襲は空の活劇  われながら不謹慎な、と思うのだが、少年の私にとって、空襲は面白かった。一つの場面ごとに切実な勝ち負けの感情が入るから、スポーツ観戦の比ではないのだ。とくに7月になって小型機の来襲が多くなってからは、空中戦は複雑になった。高空でのB...

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人間たちの記録・47 at 2007/09/19(水) 12:06:46
寺子屋の復活  昭和20年(1945)6月10日の日記。「畠へ行く途中、区役所の前に紙が貼ってありました。それには『11日から学童の教育を始めます。』と書いてありました。学校が始まっても、あまり生徒はゐないでせう。6年生は8人しかゐません。」あとは、今日もB...

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人間たちの記録・46 at 2007/09/18(火) 11:55:21
召集令状が来た  5月の末に、区役所横の焼け跡が、畑として隣組に割り当てになった。石や瓦の破片などを取り除くのが大変で、しばらくは一家総出の作業になった。瓦礫の中から鍬2本とシャベル3本が出てきたので、早速なおして使っていると日記に書いてある。よく...

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人間たちの記録・45 at 2007/09/17(月) 16:35:55
アメリカ軍の宣伝ビラ  空襲は毎日のように続いていても、一日中ということはない。日記を見ると、けっこう自由に都内を歩き回っているのがわかる。4月27日には、兄と2人で自転車で焼け跡の見学に行き、神明町から道潅山下を通って上野まで行っている。どこも同じ...

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人間たちの記録・44 at 2007/09/16(日) 14:16:32
どんな暮らしをしていたか  何度も同じことを言うようだが、毎日つけていた私の日記は、ラジオと新聞で知らされる大本営発表で大半が占められている。何のことはない大本営の下請けをやっているようなものだ。それよりも毎日の食事内容でも記録していたら、よほど...

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かつぶしけずりの歌 at 2007/09/15(土) 16:48:27
小学4年生の孫が、学校の社会科で「古い道具」を調べることになったそうです。そこで古い鰹節削りを登場させることになりました。妻が実家から「嫁入り道具」の一つとして貰ったものです。昭和33年(1958)のことでした。妻の実家は、祖父母、父母に子供6人の10人家...

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人間たちの記録・43 at 2007/09/13(木) 19:00:55
先行きの見えない戦況  昭和20年5月になると、空襲はまさに日常化してきた。B29だけでなく、小型機の来襲も多くなった。硫黄島から来るのがP51戦闘機で、機動部隊の空母から来るのがグラマンだった。しかし小型機は上空を飛び回って時に日本の戦闘機と空中戦を演...

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人間たちの記録・42 at 2007/09/12(水) 11:17:36
島の警察官が語ったこと  周辺地域が焼けた後も、空襲は盛んに続いていた。2日後の4月16日には東京南部と横浜地区への昼間の大空襲があった。南の方角から大規模な煙の塊が流れてきて、大きな灰がパラパラと降ってきた。その中には英語の文字の読めるものがあって...

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人間たちの記録・41 at 2007/09/11(火) 14:18:21
焼け跡の風景  周囲が全部焼けた翌朝からは、意外なほど静かな生活になった。東西800メートル、南北400メートルほどの広さで焼け残った高台の一角は、文字通りに陸の孤島になった。電気はつかないからラジオが聞けない、新聞は来ないで、外の情報が何もわからなく...

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人間たちの記録・40 at 2007/09/09(日) 18:20:40
周囲が火の海になる  昭和20年(1945)4月13日の日記には「ルーズベルト病死」と大書してある。お昼の報道で聞いて、3時にも聞いて確かめたところ、ルーズベルトは貧血で急死し、後任は副大統領のトルーマンになったということだった。当時のラジオ放送の情報源は...

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人間たちの記録・39 at 2007/09/07(金) 13:52:43
学校がなくなった  昭和20年(1945)4月から私は国民学校6年生になったわけだが、6月の半ばまで学校へ行っていない。学校としては、東京での教育が原則として停止になったから、4月になったからといって開校するわけに行かなかったのだろう。集団疎開に追加で参加...

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人間たちの記録・38 at 2007/09/06(木) 12:07:00
強制疎開という破壊  4月1日には、建物の強制疎開で、学校の周辺にある家が2軒分の幅で取り壊しになった。重要な建物の周囲に防火帯を作るという、一種の「事前の破壊消防」の対策だった。私の家は、母屋は大丈夫だったが、「向こうの家」の2階家が引っかかった...

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人間たちの記録・37 at 2007/09/05(水) 11:41:18
緊迫する戦況  私の日記、ということは当時に公表された情報として、B29の夜間大空襲は、3月12日に名古屋、14日に大阪と、連続して行われている。いずれも「敵機は2千メートルの低空で侵入し、相当な火災が市内各所で発生しました」となっているから、東京大空襲...

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人間たちの記録・36 at 2007/09/04(火) 14:20:09
大空襲の後  3月10日の東京大空襲は、死者およそ10万という、空前絶後の空爆犠牲者を出した。被害の大きさは町内の噂話としても伝わってきたが、新聞にもある程度は実情のわかる記事が出たので、熱心に読んだことを覚えている。  まず10日正午の大本営発表のラジ...

世界でいちばん深い海にはまだ誰も潜ったことがない
他人の子供を叱る at 2007/09/03(月) 17:35:43
朝のワイドショーで、馬鹿親特集をやっていた。最近、この話題が多いなあ。「モンスターペアレンツ」とか言うらしい。自分の子供しか見えない、身勝手で非常識な親のことだ。そんなもの、私はただの「馬鹿親

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人間たちの記録・35 at 2007/09/03(月) 15:17:00
3月10日の大空襲  昭和20年3月9日の夜は、風が強かった。ふとんに入って少し温かくなったころに警報が出て、「敵らしき数目標」と言うので、一応起きて待機の状態になったのだが、かなかな近づいてこない。ラジオは「房総半島上空に1機旋回中」などと、のんび...

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人間たちの記録・34 at 2007/09/02(日) 12:03:00
空襲下の日常  昔の日記を読んでいると、空襲の有無、人の出入り、学校での試験の科目などはわかるのだが、日常の暮らしについての記述は少ない。たいていの「記録」がそうであるように、要するに「できごと」しか書いてないのだ。だから自分の実感とも合わないと...

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人間たちの記録・33 at 2007/08/31(金) 17:51:48
寒い冬に不吉なニュース  この年の冬は、例年になく寒かった。氷が厚く張ったし、水道が凍結して昼ごろまで出ない日もあった。雪もよく降ったから、学校では雪合戦もやっている。雪の溶けかかりが凍って、校庭がスケートリンクのようになり、運動靴で乗ってもスケ...

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東京大空襲資料センター at 2007/08/30(木) 18:35:41
江東区北砂にある「東京大空襲・戦災資料センター」へ行ってきました。「東京大空襲」(岩波新書)など多数の著書で知られる早乙女勝元氏が館長で、2002年にオープンし、今年の3月から増築してリニーアルしたということです。入口のわきには、コンクリート製の「防火...

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人間たちの記録・32 at 2007/08/29(水) 11:15:31
インドもビルマも遠かった  昭和20年(1945)1月16日の日記には、ちょっと気になるニュースがある。大本営発表として、インド方面のイギリス軍がマユ半島からビルマのアキヤブ港に侵入・占領し、海上から補給を続けているというのだ。発表はいつも通りに「敵巡洋艦...

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人間たちの記録・31 at 2007/08/27(月) 22:19:00
写真屋さんの芋糖    1月8日から学校は始まるのだが、私は目が腫れたので学校を休み、母に連れられて医者を探して歩いた。目当ての眼科は診療時間が合わなかったが、別な眼科がみつかって、診療が受けられた。右目は「物貰い」で左目は「結膜炎」だったと日記に書...

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人間たちの記録・30 at 2007/08/26(日) 20:36:13
戦時下の正月  昭和19年の大晦日から20年の元旦にかけて、関東地区には空襲警報が出ていた。1機ずつ3回が来襲したと日記に書いてあるから、この頃のものは偵察ではなくて、市民を安眠させない神経戦の要素があったように思われる。それでも明けた元旦には、千葉...

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人間たちの記録・29 at 2007/08/24(金) 13:35:01
運命の昭和20年(1945)  昭和20年は、「戦前・戦中」が「終戦」によって「戦後」へと転回する、激動の年である。ここで確認しておくと、昭和19年の末までは、まだ「戦前」の生活が色濃く残っていた。学校の友だちは3分の1に減ってはいたが、まだ多くの顔なじみ...

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人間たちの記録・28 at 2007/08/22(水) 13:33:19
 日記によると、焼夷弾による夜間の空襲は11月30日が最初になっていて、20機内外としているから、テスト的な攻撃だったのかもしれない。それでも南の空が真っ赤になったと書いてある。落とされた焼夷弾は、それまで訓練に使っていたものとはだいぶ違っていて、その対...

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人間たちの記録・27 at 2007/08/21(火) 17:47:10
激化する空襲  空襲は、子供にとってはスリルのある、わくわくするような経験でもあった。学校にいるときに警報が鳴ると、みんな防空頭巾をかぶり、カバンを背負って待機した。職員室に入る情報によって、先生は生徒たちを、校内の地下防空壕に入れるか急いで下校...

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人間たちの記録・26 at 2007/08/20(月) 21:06:36
B29を見た  アメリカにB29という大型爆撃機があることは、昭和19年(1944)の最初から知られていた。それまではB17が「空の要塞」と呼ばれていて、ドイツを爆撃していることは新聞にも出ていた。だからB29は「超・空の要塞」だということだった。そのB29は、1...

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